死刑は殺人か

刑法第199条 人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。

刑法には人を殺した者を処罰する規定がありす。では、刑罰の1種である「死刑」は、人を殺すことにはならないのでしょうか。

刑罰を下すことは犯罪ではない

ある行為が犯罪となるためには、「構成要件該当性」「違法性」「有責性」の3点を全て満たす必要があるとされています。

ここで論点になるのは違法性です。

犯罪を構成する要件に当てはまる行為のうち、違法性が無い行為は犯罪ではなくなります。違法性を否定する理由のことを「違法性阻却事由」と呼びます。

違法性阻却事由は「正当行為(刑法第35条)」「正当防衛(刑法第36条1項)」「緊急避難(刑法第37条1項)」に規定されている行為です。刑罰は正当行為にあたるため、違法性が阻却されるとされています。

刑法第35条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

死刑は人を殺す行為ですが、法令に則った行為であるために違法性が阻却され、殺人罪とはならないのです。

倫理的な面から見た死刑制度と殺人罪

法的には死刑は殺人罪とはなりませんが、倫理的な観点からみるとどうでしょうか。そもそも、何故、人を殺してはいけないのでしょうか。多くの人は漠然と「殺人は悪」だと認識していますが、その結論に至る過程は人それぞれであり、結論に至る過程によって「死刑は倫理的に悪か」の結論も変わるはずです。

これは私個人の意見になりますが、人の生きる権利を侵害することが、人を殺してはいけない理由だと考えています。つまり、生きる権利を放棄していない限り、死ぬべき筋合いは無いということです。

ここでもうひとつ、刑罰の目的について考える必要があります。日本の刑法には刑罰の目的は明文化されていませんが、元となったドイツの刑法では第一に応報、第二に教育が目的であると規定されています。死刑には教育刑の性質がないため応報刑(現代において主流の相対的応報刑論)で考えると、犯した罪に対する応報として殺されてしまうのは、犯罪予防において必要な範囲内であれば仕方がないとも汲み取れるような気がしてきます。ここで犯罪予防効果の実態について確認してみます。

現代において主流の相対的応報刑論では、犯罪の予防に有効な範囲内で応報として刑罰を与えるとの考えですが、この考えに則すると死刑は応報の範囲外ということになってしまいます。なぜなら死刑制度は重大犯罪に対する抑止力としての効果が無いとの調査結果が複数あるためです。相対的応報刑論に照らすと、刑罰の目的に適わないため死刑は悪である(=凶悪犯であっても殺してはならない)となります。

一方で思想家のカントやヘーゲルが提唱した絶対的応報刑論という考えがあります。こちらは予防効果の有無は一切無視して、犯罪行為に対する応報としての刑罰を正当化します。絶対的応報刑論に照らすと、死刑は悪ではない(=凶悪犯は殺しても良い)と結論付けることができます。

後者の絶対的応報刑論の考え方が本来の人間の感情に近いのではと思いますが、この議論でひとつの答えを導き出すのは不可能に近いでしょう。


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